日々のできごと

天香具山の満月祭

 

秋分の翌日 9/24 仲秋の名月
天香具山・香久山神社にて
日嗣世永(ひつぎよなが)の満月祭が執り行われました。

 

 

 

 

 

私も、開始の演奏として
熊野鬼城太鼓の次に、献奏させて頂きました。

 

 

演奏の後、日の沈む頃に始まった
月雫日嗣(げつだひつぎ)神事

宮司様の祝詞の響き
ぴんと張った静けさの中でおこなわれた舞は、息を飲む程に美しく

自然と佇まいを直す様な

厳かな空氣の中で行われた、本当に素晴らしいご神事でした。

 

 

その後の胡琴(こきん)の宴では
多種多様な音と舞の共演が繰り広げられました。

サヌカイトやネイティブアメリカンフルート、ドラムや真琴、ハーモニカなどの様々な音と、舞も多岐に渡り繰り広げられました。(私も再び最後に参加)

残念ながら私のスマホでは暗くて、黒っぽくしか写らなくて…(泣)
観る・聴く・感じるに徹しました。

 

 

時代の変わり目・古きものと新しいものの交代を感じさせる事が多いここ最近。
ですが、単に見た目が古いものが朽ちるというのでは無く
変わるのは、そのやり方やシステムなのだろうなと。

 

これからは、この多様な音や舞の様に
それぞれが内側から湧いて出るものを
「素直に」表す事が求められる世の中になるのだろう
そう、感じました。

 

 

私個人としては
大好きな天香具山とご縁が結ばれた事は
心のどこかで描いていた夢のひとつだったと感じます。

 

 

想えば、小学校6年の時
週1回のクラブを選ぶ際、希望のクラブが人氣で入れなくてなぜか百人一首クラブへと入ったのでした。
でも何故だか妙に楽しい。。
今思うと「魂が歓んでる感覚」だったと記憶しています。

そんな中、幾度どなく目についていたのが、持統天皇の詠んだ「ころもほすてふ あまのかぐやま」でした。

「あまのかぐやま」という文字が印象的だったのを今でも憶えています。

あの後、中学か高校の古文で百人一首を学び「覚えやすい言葉だから」なんて思って大した風には受け止めてなかったのだけど。。
(実は「明日香」という言葉も小学5~6年生の頃からずっと胸のどこかにあったのでした。)

 

そして14年前に奈良へ来て、すぐ行ける場所に天香具山はあって。
毎年行く蓮畑も、天香具山の目の前にあって。

 

 

3年前の秋分の日
その蓮畑のそばで音録りしてCDになった。

 

 

香具山で起こった不思議な事も幾つかあった。

特に…

 

3年前の秋に、山頂の国常立神社で拾った袋。
神社へ入った途端、それは地面に落ちていたのだが、敢えて置かれている様にも見えた。

「持っていけ」

そんな風に言われている氣はしたが、一応人間の対応として社務所など探したが、天香山神社に行っても社務所らしき建物は閉まっていて、誰に届ける事もできない。

そんな訳で結局私が持つ事になり、石笛を入れるのに丁度いいので入れさせていただいている。今は写真の「息吹の笛」を入れている。
後で、わかる人に聞いたら、やはり私が持っていて良いのだと言われた。

 

満月祭のこの日も、月の誕生石へ行こうとしたのだが何故かこちらへ辿り着いてしまい、翁と龍神の元へとご挨拶に伺った。(いつも天香具山の国常立尊の事を、親しみを込めて「翁」と呼ばせて頂いている)
いつもは何も伝えない龍神が今回初めて話しかけてきて、やはりあの袋は彼がくれたものとわかった。

 

 

山頂から見える畝傍山

 

夢は、この山のそばに住んで、お店を開く事。
そんな、私にとって色々な想いのある天香具山。

 

ここで奉納の演奏をさせていただけるなんて、夢にも思いませんでした。

 

満月祭へのご縁を結んで下さった沙羅葉さん
香具山神社の宮司様を始め、出逢って下さった皆様
見守ってくれた友人達…。

 

撮ってもらいました♪

 

 

総てに感謝しかないです。
この場を借りて、御礼申し上げます。

 

 

帰り道 香具山と十五夜の月を臨む。
写真では暗くてお山見えないけど♪

お月様は、ちゃんと見ててくれたのでした♬