奉納演奏

夏至から夏越、七夕へと。

今年の前半が終わりましたね。5月に元号が変わってから感じていましたが、6月は特に、自分の内を見つめる期間だった様に思います。(いつも見ていますが笑)夏至まではなかなかハードな事もありました。 夏至から夏越の大祓を経て7月へと進むにつれて、自身の変化、大きな切り替わりを感じた人も多い様です。今まで取り組んでいたテーマが終わり、次の段階へと進むスピードが上がっていると感じます。

私自身は、今年は「日の出の勢い」と言って貰い、その言葉通り駆け抜けていった2019年前半でした。今年自分が走るのは解っていて、昨年の終わりから水面下で準備を始めていましたし、それを助けてくれた人もいました。

実は先月、ホームページやブログのプロフィールからセラピストの肩書を完全に降ろしました。セッションは続けますが、サロンのメニューは音のマッサージとレッスンのみ。統合セラピーは辞め、ライトランゲージは規模を縮小してマッサージのオプションへ。なので内容的には以前とあまり変わらないのですが、ひとつ看板を下ろして、主軸を完全に演奏へと持っていく方へと切り替わりました。

勿論、ずっと前から「クリスタルボウル奏者・演奏家」だったので、この事自体は大きな事ではありません。 2010年に活動を始めてから「演奏をしていく」と最初に自覚したのは2013年の明けでした。それから様々な素晴らしい演奏家・表現家の方と奏でさせて頂いたり、また、ひとりで奏でる道を模索していきました。

2016年暮れに結婚を卒業して、自分のやりたい事で生きる道へ突入した時は、音による癒しを広めるべく動いていましたが、それも導きにより変化があり、生きていく事に精一杯になりながらも駆け抜けて行きました。

好きな事で生きていくなんて、ほんの一握りの人だけだ。そう言う親や世間の常識。「そんな事は無い、私はその一握りになってみせる」小さい頃からそう思い続けながらも、結局世間の波に乗せられて行き、何かが違うと感じ始め、模索しだしたのが20代の頃。クリスタルボウルと出逢い、自分のやっていく事はこれだと一目で解ったにも関わらず、結婚出産・土地の移転によって「女性としての幸せやあり方」に対して大きな葛藤を抱き、揺らぎながらも自分を再度見つけていった30代。

好きな事をして生きていく。それは不可能ではないとわかりつつも、さすがに「演奏家として生きていくのは難しいだろう」そう思っている自分が何処かにいました。他に仕事を持った方が氣持ちも安定するのでそうしたいと思いつつも、時間的物理的状況を考えても難しい。何より本心は「No」と言ってるので、自分の道を突き進んでいくしか、本心に従っていくしかない。そんな状況でした。それはある意味覚悟が必要で、怖くもあり、本来慎重で臆病な性格の私はその「怖い」という感情のトンネルを何度も通り抜ける作業が必要でもありました。

信頼をして生きていく。勿論直感に基づいて。自分に嘘はつかない。そうでないとたちまち現実面に現れる。厳しいけれど、靈的には有難い道。今もまだ途中です。かつての頃に比べると大分シンプルになれたと思いますが。

そんな中、自分の演奏が確立したと感じたのが昨年の七夕。そこからまた螺旋を描いて上に上がり、今度は本当に演奏で生きて行くと感じた・・・そんな、今年の6月の夏至でした。

結局、人は思ったところへと向かうんですね。

さて、話変わって、7/7の夕方、星田妙見宮の七夕祭りで演奏させて頂きました。

登龍の瀧そばの、聖域とも呼べる氣の澄んだ場所で演奏する事ができました。沢山の方に聴いていただく事ができ、私達もまた、ひふみ祝詞やカタカムナを唄い、ベガ(織姫星)の意識と繋がったライトランゲージや声を放ち、楽しむ事ができました。

出雲大神宮以来唄ったカタカムナ(宇宙創成の歌)

演奏後は不思議な空氣感がありました。この日は、急に来る事になった人がいたり、逆に来れなくなった人もいたのですが、思いも寄らぬ新しい出逢いや再会があったり、演奏が始まる前までは殆ど知る人はいなかったのに、終わってみると様々な人との再会がありました。七夕は「逢瀬」と言うけれど、この日はまさにそんな日だったのかもしれません。宮司様も「縦にも横にも繋がりがある人が多い」と仰り、驚かれていました。

今日ここに集った人達はひとつの大きな家族かもしれない。何だか、大きな宇宙に見守られていた様な感覚がありました。

終わった後は、貴重な雅楽の演奏。
何と知っている方がいました。

まさか自分の教えた生徒さんと公的な場で奏でる時が来るだろうとは、1年前の自分が知ったらさぞ驚くでしょうね!この写真自体にも。

新暦の七夕ですから梅雨真っ只中で曇りも多いのに、晴れていました。

終わった後も、只々有難い。

演奏させていただいたという事だけでなく、人との繋がりというものに、そう感じた七夕の夜でした。